昭和時代の面影が漂う街・愛知県常滑市。まるで迷路のように入り組んだ住宅街の一角に、急須の陶芸家として名を馳せる伊藤成二氏の工房“甚秋陶苑”がある。茶の道に精通している人はもちろん、一般の人にも高く評価され受け入れられている作品は、ほかにはない独特かつ繊細な雰囲気を放っている。
伊藤氏が陶芸を始めたのは、約43年前である20歳の頃だ。日本六古窯のひとつに数えられる常滑焼の産地に生まれ、同じく職人だった父親の背中を追い陶芸家の道に足を踏み入れた。「急須は煎茶道のなかでも主役となる器」と伊藤氏は言う。当初は、湯呑みや湯冷ましを作っていたが、「主役にならにゃぁいかん!」と緻密な職人技を必要とする急須作りの挑戦を始めた。たったひとつが出来上がるまでに要する時間は約1ヶ月間。お湯を入れた時の注ぎやすさや取手を持った時の手なじみのよさなどを細かく熟考し、一つひとつのパーツを丁寧に組み合わせていく。大きさや形によってもお茶の味わいは異なり、何十年続けていても新しい発見があるそうだ。伊藤氏は笑顔で「陶芸という業界はいつまでたっても若手なんですよ」と語る。その言葉の真意が、急須作りと向き合う姿勢に表れていた。
「よりシンプルに、より使いやすく」。急須は日常道具である。だからこそ家庭の中に自然となじみ、気がつけば毎日使っているお気に入りのひとつになってくれることが伊藤氏にとっての一番の目標だ。同世代の人だけでなく、若者にもファンになってもらいたい。その想いを実現するために、ただ急須を置くのではなく興味を持ってもらえるよう様々な工夫をすることも大切にしている。例えば、工房のテーブルには急須に合わせて鮮やかな緑の苔玉や陶器の器をコーディネートしている。そこには“大切なお客様を温かくおもてなし”する、やさしい雰囲気が溢れている。そんな小さな気遣いや想いが、伊藤氏の作品に表れ、人々の共感を呼んでいるのではないだろうか。「最近は、積極的に外へ出かけています。人との出会いが、新しい創造力への糧になっていますね」。確かな職人技の裏付けがあるからこその新しいモノ作りへの挑戦。年を経るごとに進化を遂げる、伊藤氏のこれからの作品にも期待でいっぱいだ。